「被告人に死刑を言い渡す」
 被告人の顔色が、みるみると変わっていく。今まで様々な判決が下される現場を見てきたが、死刑判決は強烈だ。
「これにて閉廷します」
 裁判所の事務で働いてもう数年になる。こんなにも長く働いていると、原告被告以外にも目がいく余裕が出てくる。
 傍聴席にはその案件の関係者で占められることが多い。原告の身内はもちろん、被告の身内が来ることも珍しくはない。
 判決が下されたときには、下された本人のように号泣する人間もいる。
 しかしここ数ヶ月、悪質な事件の裁判のときに限って傍聴席の右端にいつも座っている女の子がいる。
 初め見たときは、いつもの通り事件の関係者かと思ったが、こうも頻繁に見るとなるとそうではないらしい。
「今日も来ていましたね、女の子」
 裁判が終わり、判事にそれとなしに聞いてみた。
「女の子? そんな子いたか?」
「ええ。向かって右端のほうに小学生くらいの」
「いや、気がつかなかったが」
 傍聴席は普段、ガラガラに空いている。その中に小学生くらいの女の子がいるとなれば気がつきそうなものだが。
「そうですか。ここ最近、傍聴に来ているみたいですよ」
「小学生が? それは珍しい」
「白崎さん、いいですか?」
 横から書記官が次の裁判の資料を持ってきた。
「ああ」
 そう言って判事は行ってしまった。

 判決はその裁判の判事以外、下されるまでは知りえない。これは裁判官のある意味守秘義務だ。もちろん上司にあたる裁判官にも教えられない。
 そのため判事によっては判決が異なることがある。
「被告人に死刑を言い渡す」
 いつもより多かった傍聴人は、どよめいた。
「静粛に」
 傍聴人の反応は無理もない。私もこの判決には驚いた。
 一番驚いたのは被告だろう。まさか死刑判決が下されるとは思っていなかったに違いない。弁護人も思わず立ち上がっていた。
 右端には女の子がいた。
 事務官ながらも判決に納得がいかないまま、自動車で家路に着いた。妊娠している妻がいる。
 長い直線を走っていると、「ドン」と音がした。人の顔が一瞬フロントガラスに押し付けられた。
 自動車を止めた。まさか……。
 自動車を降りて恐る恐る見ると、そこには数分前までは本当に人間だったのか疑いたくなるほど見る影もなくなったものがあった。頭からは何かが出ている。ああ、これが脳か。
 私は怖くなって逃げ出してしまった。

 数ヶ月後、私の死刑が執行される日になった。
 裁判にはいつも例の女の子がいた。
 死刑が行われる部屋へと向かう途中、女の子とすれ違った。
「君は何年経っても変わらないな」
「なんだ?」
 刑務官が私に聞いた。
「いいえ、何でも」
「そうか」
 この国では近年、死刑が公開されるようになった。欧米の真似だろうか。その趣旨は理解できない。今から死ぬ私にはどうでも良いことだが。
 部屋の右端には女の子が座っていた。
 その子はじっとこちらを見ている。
「最後に言い残すことは?」
「君は一体、なんだったんだ?」
 そう言うと、女の子は静かに涙した。
 まもなくして、妻は女の子を出産したという。
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後記です。
22時から書いて23時に書き終わる。
しかも校正はもちろん見直しもしていません。

最近オチが分かりやすい。
これも強引にショートにしました。
女の子は『閻魔あい』みたいな存在ではなく、
見ることが出来ない父親に会いにきた娘の存在です。
裁判を傍聴しに来ていたのではなく、
父親を見に来ていた、ということです。

実は、これのアナザーもプロット段階で浮かびました。
でも俺は人が死なないオチは考えていると
脳が痒くなってくるので。

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